UFH2

 







 

翌朝、食堂に降りて来た優と瑛智。案の定江符は食堂に現れなかった。

朝食を済ませてから叩き起こしに行こう、どうせ起こしたって二日酔いだ朝食は食べないだろう

という二人とも暗黙の了承である。

瑛智のお茶を飲みすっきりとしたところで優は江符の部屋の扉を蹴り開けた。


もぬけの空だった。朝帰りさえもしていないのか。路上で寝てるのか。


状況を伝え瑛智と呆れつつ身支度を済ませ宿を出た。

その辺でひっくり返ってくれていたならまだいい。

何かにまきこまれてないか…トラブルを起こしてないか。

江符に対する怒りが小さな不安に変わる。

 

路地裏を覗くがそれらしき影がない。街は知らぬ顔で日常の営みをつづけている。

 

困ったことだ。

優や瑛智の行方が分からなくなっても江符の嗅覚がかならず見つけ出してくれた。

しかし逆の立場になると江符を見つけ出せる力量が足りないことに途方にくれる。

いらだちと焦りが募る。嫌な予感がする。


優の歩幅が小走りになるすんでのところで瑛智が裾をひっぱった。

 

「優さん…焦って探しても無駄です。ちょっと店に入ってお茶でも立てましょう。

夜飲みに行ったのならば飲食店の方が江符さんのこと何かしってるかもしれないですよ、

それとお茶を立てれば…江符さん鼻がいいんだから気付いてくれるかもしれない」

 

「ああ…そうか…取り乱して済まない」

 

「取りみだしたうちに入りませんよ。顔色ぜんぜんかわってません」

 

にっこりと微笑んだ瑛智は 茶屋の軒先に腰かけ熱い沸かし湯を用意してもらう。

静かに道具を揃える姿は落ち着いている様に見えるがしかし心配は心配だろう。

 


その時、カラカラという賑やかな下駄の音とフっと柑橘系の香りがしてきた。

 

「あれ?こんな所で野立てとは!優雅だねぇ!」


声の方を見ると胡散臭い白ジャケット、片手にネットに入ったみかんをぐるんぐるん振り回しながら

くわえ煙草の男が近づいてくる。左手をポケットに突っ込んではいるが少し覗いた手首には包帯が巻かれている。


瑛智は素知らぬ顔でお茶の準備を進め、優はゴーグルの中で眉間に皺を寄せた。


「お三方…いや、一人足りねぇな。煙管の兄さんがいねぇ…どした?」

「恵…どうしてこの街にいる?」

「あ?どうしてって、そりゃぁこの街の周りには5つの村があってな、その中の一つの村で盛んに栽培されてるみかんがうまくてうまくて!

で、あんまりにも旨いから食いに来た。みかんの生る処にケイ様アリっってな!」


言ってる側からネットからみかんを取り出しもしゃもしゃと食べている。

既に爪の間には白い繊維がびっしり詰まっていて包帯にも橙色のシミがちらほら。

ここに来るまで一体何個食ったんだ、

と優は咥内に自然に唾液がでてきて胸焼けするのがわかった。

その時、恵が思い出した様にポケットから煙管を取り出した。


「これ、煙管の兄さんの持ち物じゃぁないのかい?さっき入った飯屋に忘れ物としてあったそうだ」


一瞬二人の視線が煙管に注がれる。


「この煙管は……… 恵、私をその飯屋へ案内してくれ」

「まぁ落ち着けって優さんよ…って…慌ててる様子ないけども…顔色かわんねぇな相変わらず…」


急にふっとお茶の良い香りが漂い始めた。


「どうぞ、そのみかんに合うはずです」


瑛智が恵に静かにお茶を差し出した。

なんも入ってねぇだろうなぁ、と怪訝そうな顔をしながらも一口飲む。


「!!…うめぇ!!」

「……」 

 「すげーなぁ瑛智の坊ちゃん!うめぇよ!みかんにすげー合う!俺の専属茶人にならない?」

「それはお断りしますが、お茶のお礼にとは何ですが恵さんその煙管拾ったいきさつを。」

「あ、はいはいやっぱりタダ茶じゃないのね…」

 

 やれやれ、といいながらもみかんを剥く指は止めずに

淡々と話し始めた。






--------






手足の痺れでふと目覚めると、江符の前には大きな鉄格子があった。

脇には見張りの人間もいる。見たところ単なる村人といったところだ。


(アテテテテテ…俺ぁ一体…あぁそうだ、昨日飲み屋で酒飲んで…)


両手首、両足をしばられている。人間には戻ったようだ。

(へましちまったな。しっかし獣人捉えるとは…なんかありそうだな。そしてさっきから嫌な匂いが鼻につく)

手足が利かずともなんとか起き上がり見張りの人間の居る側へ這って行った。


「おっさん、おっさん」

「うひゃぁ…もののけが…しゃ、しゃしゃべった…」

「っんなにビビんなよ。なぁ、俺これからどうなるんだ?」

「ふんっ、ば、ば、ばけもの風情が…おおお前はこれから生け贄としてこの村人の為に捧げられるのだ」

「はぁ?」

「村長の言う事をきけば…病が…」


檻の前に一人の老人がゆっくりと歩み寄った。


「ほう…立派な虎だったのでどんな人物が変化したのかと思えば…」

「こんな二枚目ですみませんねぇ…」


「この村は今、原因不明の病に冒される者が多くてのう…それを直すのに御主のようなもののけの血を飲むと治るという言い伝えがあるのじゃ。御主にはこの村の為にその血を捧げてもらう」


「ハッ!病直すのに一人犠牲になって生き血よこせってか。反吐が出るな。俺の仲間に腕のいい薬売りがいる。紹介してやろうか?」


「黙れ……そうか御主昨日の街に入った薬売りの一団か…では仲間に会ったら伝えておこう。虎は東の空に昇って行ったと」


老人はきびすを返し檻を背にした。

 

「阿片中毒だろうよ…原因不明の病…?ハッ笑わせんな。村ぐるみで阿片製造して中毒者出して…俺らの様な鼻の効く獣人に感づかれては生け贄とか理由付けて

 抹殺したんだろう?な?じいさんよぉ?」


「阿片…?!」


見張りの男が腰を抜かした。

うむ、どうやら事情を知っているのはこのじいさんだけらしいな。

だましだまし密売して稼いでるのか…代償は村民の中毒症状…か…ひでぇ話だ…

村人は病が治ると聞いて積極的に獣人狩りをしてたのか…あの酒は普通の人間が飲んでも無反応なんだろう。


「なかなかカンのいい青年じゃ…あのまま眠っていればよかったものを…」

サッと老人の周りを屈強な男達が囲んだ。先ほどの見張りの男とは比べ物にならない。

檻から引きずり出されると同時に手足の縄をぶっちぎって抵抗した。

押さえつける手を交わしながらも水をザバリと浴びせられる

(うっ…これは)

水ではない、昨日の酒の更に強いものだ…もう強い匂いでみるみる手足が虎の模様になっていく

ここだと虎は都合が悪い。鳥類に化ける方が得策だろう。

しかし嗅覚を刺激されると思う様に制御できない。

(クソッ!よく知ってやがる)

投げつけられる縄を交わしながらなんとか反撃に出ようとしたその時、


ピカァッッッッ


という閃光とともに目の覚める様なスパイスの香りが辺りを立ちこめた


「な、なんじゃ、誤爆か?おい虎を逃がすなっ!」


「虎なんて、いない」


声の方を向くと見慣れた緑のゴーグルをした男が立ちはだかっていた。

自分の姿も元の人間の姿になっている。


「だからあれほど酒には気をつけろ、と」


「優…!!おまっ!よくここへ来れたな!道に迷った結果か?」


「黙れアル中虎が」


「おーおー!生け贄にされるって聞いたけどピンピンしてんじゃねぇか!ほらよっニーサン忘れ物だぜ」


恵が片手にもっていた煙管をひゅるると江符へパスした。

江符の手元でキャッチされると同時に煙管は刀へ変化した。


「今日はこっちの方が都合いいぜ!!めぐみちゃーん!!さんきゅって何でここにいんの?」


「…今なんつった?」


「んだよ、めぐみちゃん、相変わらず手足黄色いの?黄疸に効く薬、優に作ってもらえよー」


「『めぐみちゃん』っていうなぁぁああっつってんダロォオオ!!!!!!」


恵が転がっていたデッキブラシの柄で屈強な男達相手に大立ち回りを始めると同時に

江符の刀も鞘から抜かれた。

瞬時に村長に飛びかかりのど元2mmの位置でぴたりと止める。



「おい、じーさんよ…俺の同類、何人手をかけた」





-------------------------






村はずれの祠の裏の盛り土の上に

優の選んだ香を焚いて、

瑛智が静かに経を唱えながら札に文字を記して行く。

札に手をかざした瞬間、ボッと青い炎が立ちあがり

札と共に天高く舞い上がって静かに消えた。


「瑛智…なんか、その…わるかったな、お前の技をこんな事に巻き込んで」

「これも習得した技を生かすことの一つですよ、江符さん。弔う気持ちというのはきっと伝わるはずです」


江符はホッとした様な表情を見せ、空を仰いで祈りを捧げた。



「しっかし何も知らずに阿片生成に従事させられた村人ってのも気の毒だなぁ。

さっき優が一瞬で阿片の畑を燃えかすに変えたけどなんかおっかねぇ火薬まで使いこなせる様になってんのな!どこで覚えたの?」

「日々の勉強の結果、当然のこと」

「ふーん左様でございますか…文字書きの勉強もしてんの?」

「うるさい。黙れ。このみかん中毒者が。」

「それはただ今修行中ですよ、ねー優さん」

「おぉ!こえーよ催涙弾投げられる前においとまするぜっ!」

「そっか!じゃぁまたどっかでハチ会わせたら今日のお礼はするぜ、めぐみちゃん!達者でな!」


「だーかーらー『めぐみちゃん』って言うなってつってんだろォォオ!!!お前らみかんの旨い土地行ったら教えろよっ!」

くるりと背を向け包帯の巻かれた左手首を器用に振る。


「いやなこった!」

「断る」

「いやでーす!」


3人の声が揃い、そのあと笑い声に変えながら再び長い旅路へ戻って行った。


 

 

 


end



UFH1へ

----------------------------------





お付き合いありがとうございました!なんかするする書けて楽しかったです!皆様のご協力でキャラクターも目に浮かぶし

本当にありがたいことです!また機会があったら番外編でも…なんてね…

2011,8,2